Story

食の記憶

子どものころは、夕方になると、ご近所のあちこちから
煮物の匂いやカレーの匂いがしてきて、
そろそろごはんの時間だからと急いで家路についたものです。

今でもふと漂ってくるにおいに昔の思い出が甦ることがあります。

一口、食べて、あれ?この味!…と、記憶を辿ることもあります。

誰かを思い出したり
どこかの場所だったり
いつかの、その時、だったり。

食べるとは、
五感の中の味覚だけではなく、
視覚や嗅覚、聴覚、食感まですべて関わっていて、
食べてきた分だけの
生きてきた分だけの
“感覚の記憶”なのだと思います。

パンの思い出

物心ついた頃から、朝食はいつもパンでした。
ジャーマンベーカリーの少し小型の角食。

ポップアップのトースターにセットして
どうか美味しく焼けますようにと、小さなお祈り。

こんがりと焼き上がれば、勢いよくジャンプして、
いつもその瞬間を見逃さないようにと、じっと待ち受けていました。

季節のジャムは、母のお手製。
トーストにたっぷりとのせたら、幸福な一日のはじまり。

幼い頃の食卓は、パンの風景と一緒にあります。

大人になって仕事で訪れたイタリア、ミラノ。
小さなホテルの朝食は、
石のように丸くて固い味気のないパンとエスプレッソでした。

それでも、一週間食べ続けていたら
不思議と日ごとにおいしく感じられた…。

小麦粉の香りと微かな塩気、ミラノの風。
もう一度、食べてみたい異国のパンです。

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